ブログ!(徒然日記)
真の地産地消とは? ― 富山県の形をしたクッキーに込めた、パティシエの想い
真の地産地消とは? ― 富山県の形をしたクッキーに込めた、パティシエの想い
こんにちは。19HITOYASUMIのパティシエをしております、南部愛利香(なんぶ ありか)です。
富山市総曲輪に新しくお店をオープンさせていただいてから、早いもので4ヶ月が経とうとしています。オープン当日の朝、19HITOYASUMI南砺店のまだ誰もいない厨房でオーブンの余熱を待ちながら「本当に富山市のお客様に受け入れてもらえるだろうか?」とクッキーサブレを型抜きしながら、少し胸がざわついていたことを、今でもはっきり覚えています。
今日はそんな4ヶ月を振り返りながら、このたび新しく商品化させていただいた「富山県の形のクッキー」についてお話しさせてください。そして、私なりに考え続けてきた「真の地産地消とは何だろう?」という問いについても。
それにしても、本当に暑い夏でしたね
今年の夏は、本当に暑かったですね。連日の猛暑の中、それでも総曲輪の街には多くの方が歩いていて、扉が開くたびに「いらっしゃいませ」と声をかけるのが日課になりました。
ありがたいことに、この4ヶ月で県外からの観光のお客様、そして国外からも本当にたくさんの国のインバウンドのお客様に、ヒトヤスミの一杯をお届けすることができました。カウンター越しに聞こえてくる言葉が日本語だったり英語だったり、私にはまったく分からない言語だったりする。それでも、コーヒーを一口飲んだ瞬間にお客様の肩がふっと下がる、あの感じは万国共通なんだなあと。あの瞬間を見るのが、私はたまらなく好きです。
大人気だった、この夏のヒトヤスミ
自家焙煎のスペシャルティコーヒーはもちろんですが、今年の夏は特にカフェラテアイスがとてもよく出ました。深く焙煎した豆の香ばしさとミルクのまろやかさが、暑さで疲れた体にすっと入っていく。「もう一杯おかわりしていい?」と言ってくださる方も多くて、作り手としてこんなに嬉しいことはありません。
そしてもうひとつ、思いのほか大好評だったのが「立山サイズ 無料サイズアップキャンペーン」でした。
これは正直、そんなに大それた企画ではなかったんです。ただ、あまりに暑い日が続くので「水分をたくさん摂ってほしいな」「せっかくなら、うちの一杯でしっかり潤ってほしいな」と思い立って始めただけ。それなのに、たくさんのお客様に喜んでいただけて。「立山サイズって名前がいいね」なんて笑ってくださる方もいて、富山の名前を冠したことがこんなに愛されるんだと、あらためて感じた夏でした。
「これ、売ってもらえませんか?」の一言から
さて、ここからが今日の本題です。
当店では、お飲み物をご注文いただいたお客様に、サービスの一環として私が手作りしたクッキーをお付けしていました。これは本当に、ほんの気持ち。「重い話じゃなくて、ちょっと箸休めみたいに、口の中をリセットしてもらえたらいいな」くらいの、ささやかなノベルティのつもりだったんです。
ところが。
「これ、お土産に買っていきたいので販売してほしいです」
そんなお声を、一人や二人ではなく、本当にたくさんのお客様からいただくようになりました。「形がかわいい」「富山の形なんですね」「47都道府県ぜんぶ作ってほしい」と言ってくださる方まで。
正直、めちゃくちゃ嬉しかったです。厨房でひとり黙々と型を抜いていた作業が、こんなふうに誰かの「持って帰りたいもの」になるなんて。
47都道府県は……さすがに現段階では難しいのですが(島がある県、本当に大変だと思うんです)、せっかくわざわざご来店くださっているのだから、私たちが誇りに思っているこの富山県の形を、もっと多くの方に見て、食べて、楽しんでいただきたい。そう思って、満を持して商品化することにいたしました。
真の地産地消とは? ― 材料のこと
ここで、タイトルの問いに戻ります。
「地産地消」という言葉は、今やあちこちで見かけますよね。私自身、この言葉を使うたびに少し立ち止まって考えます。地元の食材を使えばそれで地産地消なのだろうか、と。
私が思う真の地産地消とは、その土地で育ったものを、その土地の人が心を込めて手を加えて、その土地を訪れた人に手渡すこと。作った人の顔と、食べる人の顔が、どこかでつながっていること。そうであってほしいと思っています。
だからこのクッキーサブレも、他の商品と同じく妥協はしていません。
- 富山県産小麦「ゆきちから」 ― この土地の水と空気で育った小麦。素朴で、やさしい香りがします
- 地元・小矢部産の平飼いストレスフリー卵 ― のびのび育った鶏の卵は、黄身の色も味も本当に違います
- 国産バターをたっぷりと ― ケチると全部バレます。サブレは正直なお菓子です
- 添加物は極力不使用 ― 富山のお土産として持ち帰っていただくものですから
シンプルな配合だからこそ、素材そのものの良さが出ます。焼き上がりの香りが厨房いっぱいに広がる瞬間は、何度経験しても「ああ、この仕事をしていてよかった」と思います。
富山県の形を、ひとつずつ
そして何より大変なのが、この「富山県の形」です。
海岸線のゆるやかなカーブ、県境の入り組んだライン。地図で見ると美しいこの形も、生地でくり抜こうとすると本当に繊細で、細い部分が欠けてしまうこともしばしば。まあ、時間はかかります。かかりますが、この形でなければ意味がないんです。
立山連峰があって、富山湾があって、豊かな田園が広がっている。この形の中に、私たちの誇りある富山県のすべてが詰まっているのですから。
そんな自慢のクッキーサブレを4枚入り1セット、小箱に入れてご用意いたしました。ご自宅用にも、大切な方へのお土産にも、ちょうどいいサイズかなと思っています。
富山市総曲輪店限定です
こちらのスイーツは、19HITOYASUMI 富山総曲輪店限定の商品となっております。
富山市の街歩きの途中に、出張や旅行のお帰りの前に、あるいは県外のご友人へのちょっとした贈り物に。何かの機会がございましたら、ぜひお買い求めいただけましたら嬉しいです。
そしてもし、お店にお立ち寄りいただけたなら。自家焙煎スペシャルティコーヒーの一杯とご一緒に、ゆっくり「ヒトヤスミ」していってくださいね。厨房から、お待ちしております。
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**19HITOYASUMI 富山総曲輪店**
富山市総曲輪
※富山県の形のクッキーサブレ(4枚入り)は当店限定販売です
*高岡市・砺波市・小矢部市・射水市など、富山県内各所からのご来店もお待ちしております。*
和洋折衷カフェ19HITOYASUMIって、いったい何?
# 和洋折衷カフェ19HITOYASUMIって、いったい何?
こんにちは。19HITOYASUMI 高岡戸出店の山崎愛です。
聞いてください!この1週間〜2週間を振り返っていて、ふと思ったことがあります。
「うちのお店って、結局なんなんだろう?」って、
カフェと名乗ってはいるのですが、ご来店くださったお客様の顔ぶれを並べてみると、とてもひと言では説明できないんです。せっかくなので、あったことをそのまま書いてみようと思います。富山県高岡市戸出という、決して人通りの多くない田舎のローカルな場所で、こんなことが起きています。
40年通ってくださる、戸出のイケオジさまたち
まずはこの方たち。
このお店が約50年前にこの場所にでき、その後
にこのグループの年長おじさまは当時まだ20代でした。その頃からずっと通ってくださりその後に新しいメンバーも増えて今ではますます皆さん人生を謳歌されている地元戸出のご近所の仲良しグループの皆さんなんです。私が生まれる前からのお付き合いということになります。ビックリですね!
おおよそ4ヶ月から6ヶ月に1度、必ず開催される飲み会。今回もコンパニオンさんを3名お呼びになって、それはもう賑やかに、楽しそうにお座敷で過ごしていかれました。ビールを注ぎ合って、大きな声で笑って、昔話をして。50代から70代の方々が本当に生き生きしていて、こちらまで元気をいただきました。
40年近く、同じ場所に同じメンバーで集まり続けるって、すごいことだと思うんです。お店としては、ただその場所であり続けただけかもしれません。でも「あそこでやろう」と毎回思い出していただけることが、何よりありがたいなと思っています。
平日のお昼は、高岡のママさんたちの女子会
一転して、平日のランチタイム。
近隣の高岡市内から集まってこられたママさんたちの女子会が開かれていました。小さなお子さん連れの方も多く、お座敷に赤ちゃんを寝かせながら、皆さんでゆっくりお食事を。
聞こえてくる会話が、これがまた本当に大事な時間なんだなと感じるものでした。日ごろの育児の悩み相談、幼稚園や学校の情報交換、ときには旦那様への愚痴、そしてお姑さんとのバチバチのやりとり(笑)。決して聞き耳を立てているわけでは無いのですが、どうしても入ってくるんです。皆さん熱がこもっているので、外に出せない気持ちを、同じ立場の人に聞いてもらう。それができる場所って、実はそんなに多くないですよね。家でもない、職場でもない、誰かの家に上がり込むほど気を遣わなくていい場所。ママ会の場所としてうちを選んでいただけるのは、すごく嬉しいことです。
お子さん連れでも周りを気にせず過ごせるよう、お座敷のご用意もありますので、高岡市・砺波市・小矢部市・射水市あたりでママ会の場所をお探しの方は、ぜひご相談ください。
ホストファミリーの皆さんによる、国際交流の歓迎会
さらには、海外からのお客様を受け入れていらっしゃるホストファミリーの皆さんによる歓迎会もありました。
ここで意外と大事になるのが、椅子席です。日本式の畳やお座敷は、慣れていない方には正直きついんですよね。足を崩せない、正座ができない、長時間は座っていられない。せっかくの歓迎会で「足が痛い」が話題の中心になってしまってはもったいない。
この日はカフェ席を全部貸切にさせていただいて、テーブルと椅子でゆったりと。日本語と英語が飛び交って、笑い声が上がって、写真を撮り合って。戸出の小さなカフェが、その日だけインターナショナルな場所になっていました。
お座敷もあって、椅子席のカフェスペースもある。これがうちの強みだなと、この日あらためて思いました。
「あのワッフルを食べないと元気が出ない」と帰ってきてくれた高校生
そして今週の極めつけがこれです。
もともとうちのチョコバナナワッフルが大好きで、それがきっかけでアルバイトを始めてくれた女子高校生。本業(学業ですね)が忙しくなって、しばらくお店から離れていました。
そしたら久しぶりに顔を見せてくれたんです。理由を聞いたら、
「元気を出すために、このチョコバナナワッフルを食べなきゃいけないと思って!」
もう、なんて言えばいいんでしょうね。正直めちゃくちゃ嬉しかったです。うちのワッフルが、誰かの元気の出し方になっている。しかも、働いてくれていた子が「お客さんとして戻ってきてくれる」って、お店にとっては最高の褒め言葉だと思うんです。
もちろん2人とも、ピースサインで写真を撮って、楽しそうに帰っていきました。
結局、19HITOYASUMIって何なんだろう
70代の常連さんの宴会、子育て中のママさんの女子会、国際交流の歓迎会、女子高生のワッフル。
同じ空間と時間の中で、これだけ年代も目的も価値観も違うお客様にご利用いただける和洋折衷カフェって、なかなか他にないんじゃないかなと思います。
正直に言うと、大変ではあります。宴会のお料理も、ランチも、カフェメニューも、スイーツも。これだけの種類を提供するには、その分だけ仕入れも仕込みも準備も必要です。効率だけを考えたら、もっと絞ったほうがいいのかもしれません。
でも、そうしないできたからこそ、この特別な空間と時間があるんだと思います。
地方都市の、さらにその中のローカルな戸出という場所で、いろいろな年代の、いろいろな価値観を持ったお客様と長く時間を過ごしてきたこと。そしてこれから、新しい世代のお客様にもっと喜んでもらえるサービスを作っていくこと。それが今、私にとって一番のやりがいです。
学びも多いです。40年通ってくださる方から教わることもあれば、高校生から教わることもある。この場所にいると、本当に飽きません。
一緒に働いてくれる方を募集しています
そんな19HITOYASUMI 高岡戸出店では、現在一緒に働いてくれるスタッフを募集しています。
- 一緒にスイーツを作ってくれる方
- バリスタとしてコーヒーを淹れてくれる方
- お料理の補助や、お客様への提供をしてくれる方
経験の有無は問いません。私自身、京都の製菓学校で学びましたが、実際にお店に立ってから覚えたことのほうがずっと多いです。「お菓子作りが好き」「コーヒーに興味がある」「人と話すのが好き」——きっかけはそれで十分だと思っています。
今週のワッフルの子のように、「ここのメニューが好きだから」という理由で来てくれる方も大歓迎です。
高岡市、砺波市、小矢部市、射水市など、近隣からの通勤も歓迎しています。学生さんも、子育てが一段落した方も、まずはお気軽にお声掛けください。シフトや働き方のご相談にも柔軟に対応します。
最後に
「和洋折衷カフェ19HITOYASUMIって、いったい何?」
その答えは、たぶん「来てくださる方の数だけある」なんだと思います。飲み会の場所、ママ会の場所、歓迎会の場所、ワッフルを食べに来る場所、そして働く場所。
どんな使い方でも大丈夫です。まだ来たことがないという方も、ぜひ一度、のぞきに来てみてください。
お待ちしております。
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**19HITOYASUMI 高岡戸出店**
和洋折衷カフェ / お座敷・カフェ席あり / ご宴会・女子会・ママ会・貸切のご予約承ります
スタッフ募集中です
#高岡市 #戸出 #高岡カフェ #富山カフェ #和洋折衷 #ママ会 #女子会 #宴会 #貸切 #チョコバナナワッフル #スタッフ募集 #高岡求人 #バリスタ募集 #砺波 #小矢部 #射水
『9のつく日は、ひとやすみの日』
店を増やしたくて、増やしたわけではない
店を増やしたくて、増やしたわけではない
「何店舗やってるんですか」と聞かれることがあります。
五つです、と答えると、たいてい「すごいですね」と言われます。拡大していますね、と。
でも、正直に言うと、増やしたくて増やしたわけではありません。
二十四年やってきて、後から振り返ってようやく分かったのですが、私の場合は事業計画が先にあったことが一度もない。人がいて、事情があって、その最適解を考えたときに、結果として店ができていた。順番がずっと逆でした。
五つの店には、五つとも違う理由があります。今日はそれを、正直に並べてみます。
一軒目 ── 飲食をやるつもりは、なかった
私は寿司と和食の店の長男として生まれました。実家は今も戸出で寿司屋をやっています。
それなのに、自分が飲食店をやるつもりは一切ありませんでした。
始まりは、一緒になると決めた人が、お菓子とパンの職人だったことです。作る人がいた。親は親で「そろそろ人生のターニングポイントだろう」と勝手に捉えていて、私自身も確かにそういう時期でした。
いくつかの現実が同じ一点で重なった。それが一軒目です。
市場調査をしたわけでも、勝算があったわけでもありません。作れる人がいたから、店ができた。 それだけです。
二軒目 ── 厨房が、狭かった
一軒目が地元になじんだ頃、お菓子を作りたいというスタッフが増えてきました。
ところが、寿司屋の中の菓子厨房は小さすぎたのです。いい仕事をするにも、人を育てるにも、あの場所では限界がありました。
だから砺波に出ました。生菓子とケーキ、焼きたてのパン、焼き菓子、自家焙煎のコーヒー、ギフト。当時はまだ珍しい複合型の店でした。
自家焙煎を始めたのも、この店からです。それまでは業者さんから豆を仕入れていました。
なぜ自分で焼くようになったのか。理由ははっきりしています。妻が作るお菓子とパンに、いちばん合うコーヒーを焼きたかったからです。
一軒目ができた理由と、同じ人です。作る人がいたから店ができて、その人が作るものに合わせて、私は豆を焼き始めた。今はそこにスタッフやパティシエが加わって、彼らが作るものに合わせて焼いています。
コーヒーが主役だと思ったことは、実は一度もありません。焙煎士としての私の出発点は、縁の下の力持ちでした。今もそこは変わっていません。
二軒目も、人が先です。作りたい人がいて、その人が働ける場所が足りなかった。だから店ができた。
三軒目 ── 呼ばれて、出しました
十二年前、南砺市福野のアミューショッピングセンターの中に出しました。
これは自分から出した店ではありません。当時の事務局長さんから声をかけていただいたのです。
アミューは、もともと街の商店主のみなさんが持ち株を出し合って株式会社を作り、その原資で建てた商業施設でした。全国でショッピングセンターが次々にできていた時代の話です。街の人たちが、自分たちのお金で変化に賭けた器だった。
それから三十年近くが経ち、商店主の高齢化と後継者不在が進んでいました。決定的だったのは、ハウスカードの会員のうち、六十五歳以上が七十五パーセントを占めていたことです。
売上はまだ立っている。でも、五年後、十年後はどうなるか。
答えは単純でした。若い家族、若い女性、子ども、働く男性が来ない店は、それすなわち崖っぷちだと。
だから「あなたたちのような若い人にリーチできるカフェを誘致したい」というお話でした。私は商品ではなく、客層を期待されて呼ばれたわけです。
衰退は、売上が落ちてから始まるのではありません。客層が高齢化した時点で、もう始まっている。 あの話し合いで、私はそれを教わりました。
人口五万人を切る市です。既存店から車で十五分。立地の教科書からすれば、選ぶ理由はありません。
それでも受けました。理由は、その頃すでに大都市や交通量の多い場所での出店に、魅力を感じなくなっていたからです。
これは自慢話になってしまいますが、私はこの二十四年間、初詣で商売繁盛を願ったことが一度もありません。繁盛したくないのではなく、大きな波やうねりを求めていないからです。凪がいいわけでもない。毎日の地道な人通りと、お互いの波長が合うリズム。それをずっと作りたかった。
南砺は、そのリズムに近い街に思えました。
そして、この店を出して数年後、私は南砺の山の近くに古い家を買いました。当時三十代半ばで、終の住処を探して空き家を百件近く見ていた時期です。田んぼと畑と庭があって、子育てができて、自分たちの生活のリズムが作れる場所でした。
昭和の匂いと人の温かさに呼ばれたな、という感覚があります。別にスピリチュアルな話をしたいわけではありません。ただ私は昔から、その場の空気や目に見えないものを受け取る体質で、あのときそれを感じました。それは正解だったと今も確信しています。
店に呼ばれて、住民になった。順番としては、そういうことになります。
十数年経った今、この南砺の店が、五店舗でいちばんの繁盛店です。十年以上、毎年、無理なく売上を伸ばしてきました。
喫茶店で生き残るのは、本当に大変です。コーヒー一杯五百円、六百円の世界で、百杯売っても五、六万円。一店舗あたり常時二、三人のスタッフを抱えて、ほとんど休みなく回す。そのお金を毎日捻出することが、事業者としての私の使命です。
それを、値上げで無理やり作ったわけではありません。お客様が特別感や付加価値を求めて来てくださって、その中で単価が上がり、客数は落ちていない。値段を上げたのではなく、来る理由を作った。 そういう十二年でした。
四軒目 ── 自分の店ではない店
五年前、高岡大仏の横に amida coffee を出しました。
この店だけ、屋号が違います。理由は、これが私の会社の店ではないからです。
この三十年、四十年で、日本中の街が薄くなっていきました。シャッター街というニュースは全国どこでも同じ形で起きています。大きなものにお金も人も集約されて、その近くでは空洞化が進み、そこで働く人の手取りまで減っていく。
今なら私も構造的に説明できます。でも当時は、まったく理解できていませんでした。私も分かっていなかった側の人間です。
高岡でも、この街のにぎわいをどう取り戻すかという集まりや講座がいくつもありました。そこで出会った仲間と、まちづくり会社を作りました。その会社で立ち上げたのが、amida coffee です。
大仏さんの歴史に詳しい方から聞いた話が、ずっと心に残っています。
もともと大仏様は、崇拝と祈りの対象でした。けれども時代が変わって、今の阿弥陀如来様は観光の象徴として、人をこの街に呼び、その周りで商いを成り立たせ、街を潤わせるための化身のような立ち位置におられる、と。
大仏様ご自身が、役割を変えて生き残ってこられた。
私たちが十数年前から、あの場所をそういう場所にしたいと動いてきたことが、五年前にようやく形になりました。
五軒目 ── はじめて、自分から
そして富山市の総曲輪です。
これは五つの中で唯一、自分の意思で打った店です。
きっかけはいくつも重なりました。コーヒーマイスターが手がけたコーヒーロールがテレビで取り上げられ、一晩でオンラインショップに三千件の注文が入り、インスタグラムのフォロワーが千人以上増えました。携帯が焼けるかと思うほど通知が止まりませんでした。その波も一、二年で落ち着きましたが、今度は富山市がニューヨーク・タイムズの「行くべき街」に選ばれました。もともと富山空港や新幹線のお土産店に卸をしていたこともあります。
条件が揃ってしまった。そして、そこに若いスタッフのやる気と思いがありました。
正直に言えば、これが望んだ形なのかどうかは自分でも分かりません。インバウンドも円安もテレビも、私が起こした波ではないからです。うねりを求めないと言ってきた人間が、今いちばん大きなうねりの上にいる。 その矛盾は隠さないでおきます。
それでも出したのは、危機感です。人生は短い。ここで一つ挑戦を打たなければ、あとは老いる一方だと思いました。
五つの理由
並べてみると、五つとも違います。
一軒目は、作れる人がいたから。 二軒目は、作りたい人が増えて、厨房が狭かったから。 三軒目は、街に呼ばれたから。 四軒目は、自分の店ではなく、街の店として。 五軒目は、自分の危機感から。
拡大戦略という言葉が当てはまるのは、五軒目だけです。
これから店を始めたい方に、私が言えることがあるとすれば、それは「計画から始まらなくてもいい」ということです。事業計画書に書けるようなきれいな理由から始まった店は、私には一つもありません。
ただし、これは裏返すと厳しい話でもあります。人から始まった店は、人がいなくなれば形を変えるしかない。実際、私たちも一度そうしました。
パンと生菓子を、やめたのです。
次回は、その話を書きます。増やした話ではなく、手放した話です。二十四年で私が学んだことの、たぶん半分はそちらにあります。
数十年ぶりの同窓会。あの頃の顔に戻っていく時間を、
こんにちは。19HITOYASUMI 高岡戸出店の山崎愛です。
今日の夜のご予約は、50代半ばから後半くらいのお客様たちの同窓会でした。学校の同級生なのか、昔の職場の仲間なのか、それとも趣味のクラブ活動の集まりなのか。そこまでは伺っていないので分かりません。ただ、お話の様子から、数十年ぶりの再会だったようです。
最初はちょっと他人行儀、でもお料理が進むにつれて
面白いなと思ったのが、最初の20分くらいの空気です。
皆さん、席についたばかりの頃は、どこか丁寧というか、少し他人行儀な言葉づかいをされていました。「お久しぶりです」「お元気そうで」みたいな。何十年も会っていないと、いくら昔の仲間でも最初はそうなりますよね。
それがお料理が一品、二品と進んでいくうちに、だんだん言葉が崩れていくんです。敬語がなくなって、名字じゃなくてあだ名で呼び合うようになって、笑い声が大きくなって。途中からは完全に、あの頃に戻られたような、ほどけたコミュニケーションになっていたように感じました。
厨房やホールから見ていて、こういう瞬間に立ち会えるのは本当にありがたいなと思います。ご予約をいただいた時点では「同窓会」という三文字でしかないのですが、実際にはその三文字の裏に、何十年分の時間が入っているんですよね。
一度離れると、なかなか会えなくなる
一度離れ離れになってしまうと、当時あんなに親しかった仲間との再会って、なかなか難しいですよね。
今、現在進行形で自分の生活があって、家庭や家族があって、仕事がある。それを毎日回しているうちに、気づいたら数十年経っていた、ということって結構あると思います。悪気があって連絡していないわけじゃなくて、ただ日々が忙しいだけ。
私も、中学・高校時代の友達とは、もう随分会えていないかもしれません。卒業後は京都の製菓学校に2年間通っていたのですが、あの厳しくも楽しい時間を一緒に過ごした仲間たちとも、それ以降ほとんど会えていません。同じ材料と向き合って、同じように怒られて、同じように笑っていた人たちなのに。
社会人になってから、やがて10数年が経ちます。今だからこそ、またあの時のみんなに会えたらいいのにな、と今日思いました。新しいつながりができるかもしれないし、今それぞれが頑張っていることを励まし合ったり、ちょっと愚痴を聞いてもらったり。会えていなかった時間の報告を、たくさんしたいです。
ちょっとセンチメンタルになった話
毎日忙しく、一生懸命やっているからこそ、時間の経過が早く感じるのかもしれません。
あの頃に思い描いていた「今の自分の年齢のイメージ」と、本当の今の自分を照らし合わせてみると、全然足りていない自分にも気づいてしまって、正直ちょっとセンチメンタルにもなりました。もっとできているつもりだったな、と。
でも今日、数十年ぶりの同窓会を当店で開いていただいて、あの頃の楽しそうな時間がまた蘇ったかのような瞬間を目にすることができて、私はとても嬉しかったです。足りていない自分に気づくのも、たぶんこうやって誰かの時間に立ち会わせてもらったからで、それはそれで悪くないなと思っています。
「本当はやりたいよね」で止まっている方へ
同窓会って、「やりたいね」で終わってしまうことが多いと思います。
幹事さんが大変そう、みんなの予定が合わない、会場をどこにすればいいか分からない。ハードルはたしかにあります。でも今日のお客様たちを見ていて、やってしまえば数十年の空白は思ったより簡単に埋まるんだな、というのが正直な感想でした。
大人数の華やかな同窓会じゃなくても大丈夫です。同じクラスだった数人だけ、同期入社の仲間だけ、昔のサークルのメンバーだけ。そういう小さな集まりのほうが、かえってゆっくり話せることもあります。
高岡・戸出で同窓会や集まりをお考えの方へ
19HITOYASUMI 高岡戸出店では、同窓会や同期会、還暦のお祝い、法事の後のお食事、地域の集まりなど、さまざまなご予約を承っています。
当店の料理は、できるだけ地元・富山の食材を使った地産地消と、手作りにこだわった和洋折衷のメニューが中心です。畳のお座敷でゆっくりお過ごしいただけるので、久しぶりに顔を合わせる方同士でも、自然と肩の力が抜けていくような時間になればと思っています。
人数やご予算、お料理の内容、お飲み物のこと、時間の延長など、幹事さんのご希望に合わせてご相談いただけます。「まだ日程も決まっていないけれど、こんな感じでできるか聞きたい」という段階のお問い合わせも大歓迎です。だいたいの人数と時期だけ教えていただければ、そこから一緒に考えさせてください。
高岡市内はもちろん、砺波市、小矢部市、射水市など、近隣からお越しいただくお客様も多いです。戸出は車でお越しいただきやすい場所ですので、遠方から帰省される同級生の方がいらっしゃる場合にも使いやすいかと思います。
最後に
今日の同窓会の皆さん、当店を選んでくださって本当にありがとうございました。帰り際の皆さんの表情を見て、こちらまで嬉しくなりました。
この記事を読んで、「そういえばあの人たち、今どうしてるかな」と誰かの顔が浮かんだ方がいらっしゃったら、ぜひ連絡を取ってみてください。そしてその集まりの場所として、当店を思い出していただけたら、これ以上のことはありません。
ご予約・ご相談、お待ちしております。
19HITOYASUMI 高岡戸出店 同窓会・同期会・各種ご宴会のご予約承ります ※お席の数に限りがございますので、お早めにご相談ください
















